社畜から抜け出すヒント。『脱社畜の働き方』日野瑛太郎【著】の読書感想文。

 
 

 

こんばんわ!ねじねじです。

久しぶりの読書感想文は『脱社畜の働き方』です。

著者の日野 瑛太郎さんのブログはこちら。
http://dennou-kurage.hatenablog.com

 
読書感想文とは、読んで字のごとく、本を読んで「感じたこと」や「想ったこと」を文章にすること
 
 
当たり前のことだけれど、このことを今一度、自分に言い聞かせながらの投稿です。

なぜこの本を読もうと思ったのか。

社畜から抜け出したいからだよね。
本のタイトルを読んだ時に、「社畜から脱出するヒントがこの本にあるかもしれない」と思ったという単純な動機。
本書では、まず精神的社畜を抜け出し、次に経済的社畜を抜け出し、段階を踏んで社畜を抜け出そうと述べられています。

自分の心にグッときたところを3つに絞ったよ。

本書を読んで「グッときたところ」を拾い出しました。
とくにいいと思ったところを3つに絞り込んだので報告するね。

絞り込むのはなかなか難しかったけれど、何回も読み込んで、削り落として厳選したよ。
ベスト3を決めたので、第1位から順に引用していきます。
ちょっと長いかな。

第1位

本当につらい時には、いつでも無理せずに逃げていい。逃げ腰がつくとか、一人前の社会人になれないとか、そういうことを気にする必要はないと思う。
「どんなにつらくても逃げない」というのは確かに格好いいように思えなくもないけれど、そうやって自分を追い詰めてしまって、体や心を壊してしまうのは本当にもったいないことだ。
一度、体や心を壊してしまうと、再起までどうしても時間がかかるし、場合によっては元に戻れなくなることだってある。そうなるぐらいだったら、もうほかのことなど一切気にせずに、さっさと逃げてしまったほうが絶対にいい。
「逃げる」という行動を無責任だと言う人がいるけれど、僕はむしろ他人に対して「絶対に逃げるな」と言う方がよっぽど無責任だと思う。その言葉に従って自分を限界まで追い込んだ結果、その人が壊れてしまったとしたら、「絶対に逃げるな」と言った人は果たして責任が取れるのだろうか。自分に対して言うならまだしも、「逃げるな」なって絶対に他人に対して言うべきではない。
そもそも、「逃げる」ということは悪いことなんだろうか。
どんな場合でも一切逃げずに、必ず正面から立ち向かうというのが正解かというと、決してそんなことはない。軍隊だって、明らかに分が悪いと思えば撤退を考えるし、企業も採算が合わない事業があれば、その事業から撤退するという決断を下すこともある。このように軍隊や企業が合理的に「逃げる」という意思決定をしているのにも関わらず、個人レベルでは「逃げる」ことが悪いことだと言われなければならないというのはおかしいだろう。個人だって、分が悪い時は当然逃げていいし、そのことを恥じる必要もない。
生きるための手段にすぎない仕事が原因で、心や体を壊してしまう可能性があるという状況になったとしたら、それは合理的に十分「逃げる」ことを考えてよい状態だ。そういう場面で、「逃げる」という選択を下すことは、戦略的にも何ら問題はない。
逃げることを躊躇してしまう人は、真面目で責任感が強い人に多い。「ここで自分が逃げてしまったら、同僚や顧客に迷惑がかかってしまう」というように考えて、逃げられないと思ってしまう。責任感があることは立派なことだとは思うけど、体や心を壊してまで果たさなければならないような責任なんて基本的にはない。それに、体や心を壊してしまったら結局責任だって果たせない。本当にやばいと思ったら、その時は責任だとか、他人の迷惑だとか、そんなことは一切気にせず逃げてしまおう。自分の身を守れるのは、結局自分以外にはいない。

共感、共感、共感の嵐だよね。
僕が思っていることを言葉に変えてもらった感じがする。
無駄な行は1行もなかったので、全て引用させて頂きました。

自分のことを振り返れば、仕事は我慢、我慢の連続で八方ふさがり状態。
担当しているお客様にいじめられ、社内ではやりたくない仕事を押し付けられ、口も聞きたくないような同僚に仕事の進め方を確認せざるを得ない状況。
仕事内容は面白くなく、我慢して、なんとかこなしている。
面白くないのは自分のやり方の問題だと自責化して考え、工夫して、ゲーム性を取り入れたりしたけれど、そんなに効果がない。
2017年6月から発症したじんましんは今現在でも治らず、朝と夕方に薬を飲まなければ、かゆさで大変なことになってしまう。
実家に帰るときなど宿泊を伴う移動の際に、じんましんの薬を忘れてしまったらこの世の終わり。
次の日は薬がないから、痒くて、痒くて、背中なんて洗濯板のようになっていて、宮崎県の観光名所『鬼の洗濯岩』が思い浮かぶよ。
体は完全に壊れかかっているよね。
もう壊れてしまったのかな。

毎日、我慢、我慢、我慢、鬱、鬱、鬱の連続。
心療内科にも通い、病院では涙が勝手に流れてくる。
抗うつ剤を処方してもらい、毎朝、薬を飲んでから会社へ向かう。
会社では毎日嫌なことに出くわす。
家に帰って寝ても、夢の中でクレームを浴び続ける。
自分のことをノイローゼ状態かなぁと疑ったことがあったよね。

なんども辞めようと思ったけれど、自分の仕事を引き継いで苦しむ同僚が目に浮かぶとそう簡単には辞められない。
逃げてしまって、「会社に全く行かなくなったとしたらクビになってラッキーかなぁ」なんてことも考えたけれど。
自分の取ってきた来年の添乗の仕事なんて、本当にクレーマーと一緒に旅行に行くようなものだから、行きたくないというのが本心だけれど、、、。
これが終わったら辞めようとか、これで最後だからとか、そんなセリフを多用する日々を送っている。
辞表はカバンの中にずっと入っているよ。
心も壊れかかっているのかな。
もう壊れているのだろうか。

逃げてもいい。
逃げることも行動の一つ。
それが前に進むことにつながるかもしれない。

それだけは胸に刻み込んでおくね。

第2位

これは仕事における成長も同じことで、別に厳しい環境やつらい環境に自分を置かなくても、仕事の中に学習機会を見出すことができればそれだけで問題なく人間は成長できるはずだ。逆に、どんなに厳しくてつらい環境に身をおいても、学習機会が仕事の中で見いだせなければ成長することはできない。こういう事実を無視して、「仕事はつらい分だけ、人は大きく成長できる」と言ってしまうのは、仕事のつらさや厳しさを「成長」という美しい言葉で誤魔化そうとしているだけに僕には思える。
「成長できるか、できないか」と「厳しいこと、つらいこと」には関係がない。楽しみながらだって、人は成長できる。わざわざつらい思いをする必要は、全くない。どうせ成長するなら、楽しく成長したほうがいいに決まっている。

仕事は自分を成長させるためにあるというのは、よく思っていること。
ただ、どんなにつらい時や押し付けられた仕事を我慢してやっている時などでも、この仕事をやる自分への言い訳として「成長」というキーワードに逃げてしまうんだよね。
「やりたくないけれど、この仕事をやれば成長できるんだ」と。
成長につながらないような単調な仕事でも、「成長」という言葉でごまかす。
仕事の辛さ、厳しさを「成長できるから」の言葉で誤魔化してしまう。
もっと言えば自分自身の正直な気持ちを誤魔化してしまっているんだよね。
本当はやりたくないことなのに、これは全て成長のためなのだと。
仕事を断れない自分への慰めのように聞こえてくる。

今の仕事で成長できていますか?
成長できていなくても楽しめていますか?
そもそも何のために成長したいのですか?

今一度、自分に問いたい。

第3位

会社で働く自分のほかにもう一人、会社の状況を客観的に判断して、個人としての人生を舵取りする自分を常に持つように心がけよう。会社の言うことに関しては、常に裏の意図を探るようにしよう。間違っても、自分を会社の「一員」だなんて思わないことだ。会社はあくまで取引先、ビジネスパートナーである、という意識は常に忘れずにいたい。

うちの会社の元上司が「会社は家族のようなものなんだ」としきりに言っていたのを思い出したよ。
「みんな家族のようなもの」と何度も聞いて、その時は「確かにそう通りだなぁ。何か困ったら助けてくれる人もいるし、教えてくれるし。兄弟みたいな先輩もいるし、親のように叱る上司もいるなぁ」なんて自分では思っていたけれど、今ではどうなんだろう。
体を壊してももちろん会社や先輩が治してくるわけでもないし、薬代をもらえるわけでもない。
体調不良で会社を休んでしまったら、迷惑をかけたようで罪悪感が湧いてくるし、むしろ責められるんじゃないかくらいの感じはある。
今となっては一緒に働いて安心感を持てるのは、ごく一部の先輩だけだし、、、家族というよりは取引先という言葉にすごく共感できる。

依存しすぎてもいけないし、常に対等な関係。
こちらから関係は選べる自由さというか、適度な距離感があったほうが緊張感もあっていいような気がするよ。
会社のために生きているわけでは決してないんだし。
うまく書けないけれど、こんな考え方が脱社畜の第一歩なんじゃないかと思うよね。

まとめ

逃げてもいい。
自分の身は自分で守る。
成長という言葉に逃げない。
会社とはあくまで取引先。

本当に簡単にまとめるとこんな感じかな。
全然できてないけれど、本書を読む前と、読んだ後では、自分の気持ちが少し楽になったのがわかるよ。
ちょっとは精神的に社畜を抜け出し始めたのかな。

それでは今日はこの辺でね、お休みなさい

P.S.  社畜たちは沈黙している場合じゃないよね。
  何のために成長?
  モテるためでしょ(笑)

関連記事>>>『仮面社畜のススメ』小玉歩【著】の読書感想文。

 

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ねじねじ

千葉県在住、都内旅行社勤務 【毎日】本を読む、ブログを書く、走る。 【ときどき】旅をする、泳ぐ、筋トレをする、映画を観る、音楽を聞く、ゲーセンでガンダム・マキブON(初代ガンダムを操縦)をする。 ★嫌いなものは口内炎、胃カメラ、かけひき、じんましん(仕事のストレスより発症し、現在進行形) ★雑記ブログ『社畜たちの沈黙から、親愛なる君へ』運営中 ★旅行社で法人営業担当18年目。ときどき国内海外問わず添乗中 ★年度目標は読書365冊、ブログ365記事、体重60kg 全て願望である